赤ちゃんが欲しい 〜愛するわが子を授かるまでの9年間〜 ★前編★

赤ちゃんが欲しい 〜愛するわが子を授かるまでの9年間〜

私は現在38歳で、1歳2ヶ月のムスメがいます。
この愛するムスメを授かるまでに
9年、待ち続けました。
ここ最近では「妊活」という言葉もよく聞かれますが、私がそれを始めたときにはまだ「妊活」という言葉も聞かなかったように記憶しています。

今回は、子育ての情報ではありませんが、私が経験した不妊治療について書きたいと思います。

 

  • 今、子どもを授かれなくて悲しい気持ちになっている方
  • これから不妊治療を始めようと思っている方
    の励みになれば嬉しいです。
    また、
  • 子どもはいるけれど子育てに悩んだり疲れたりしている方
    にも、この記事を読んで、もう一度
    子どもをもてたことに感謝する機会となれば幸いです。

 

9年間のことを綴るには、あまりにも時間がかかるので、今回は前編として、結婚してから最初の治療段階までのことを書かせていただきます。

 

1️⃣まさか自分が不妊だなんて‼︎

私が結婚したのは28歳のときでした。結婚した当初は、仕事をもっていることもあり「子どもはそのうち・・」と考えていました。

ですので、特に焦りなどもありませんでした。しかし、結婚してから2.3ヶ月経った頃、生理が来ていないことに気づきました。
仕事が忙しく、いつ生理が来たのかも忘れるほどで、気づくと3ヶ月ほど来ていなかったようでした。

しかし、「妊娠はしていないだろう。もしかすると何か病気かも」と心配になって婦人科を受診しました。
自宅近くの婦人科に行ったのですが、そこがたまたま「不妊専門」の婦人科だったのです。

 

そこでいろんな検査や問診等をした結果、
【高プロラクチン血症】と診断されました。

➡︎高プロラクチン血症とは、プロラクチンというホルモンの血中濃度が高くなる疾患です。病院の血液検査でプロラクチンの濃度を測定し、妊娠していない状態でプロラクチンの血中濃度が30ng/mlを超えると、高プロラクチン血症と診断されます。

そもそもプロラクチンとは、出産後に向けた体を作るために脳下垂体から分泌されるホルモンの一種です。
高プロラクチン血症では、妊娠・出産していないのに母乳が出る、生理不順になる、排卵されず無排卵になる、着床障害を招くなどの症状が現れます。

引用:子育てハック「高プロラクチン血症とは?原因や症状は?妊娠に向けた治療法は?

 

そして、「このままでは子どもはできません」とはっきり言われました。
結婚したら子どもはできるものだと、なんとなくそう思っていました。
しかし、できないと言われ、子どもを授かりたい気持ちが溢れ出てきました。
診察を終え、やっとのことで家に帰り着き、大泣きしました。
この世の終わりのように泣きました。私は、赤ちゃんを授かれないの?誰を恨みようもありませんでした。

photo by Janitors

 

さっそく薬を服用して、プロラクチンの値を下げる治療を開始しました。
それと同時に、卵管造影検査フーナーテストなど、不妊治療を始める際に必要な検査を受けました。

しかし、この薬の副作用がひどく、寝る前に飲む薬を処方されたのですが、飲んだ瞬間に吐き気、そしてやっと眠りについても朝起きたら吐き気の繰り返し。
薬を飲むだけで、精神的にも肉体的にもかなり参ってしまいました。
そのうえ、なかなかプロラクチンの値も下がらず、生理も再開しません。焦りと不安が出てきました。

2️⃣生理が来た!不妊治療スタート

薬を服用して4.5ヶ月した頃でしょうか、ついに生理が再開しました。
やっと不妊治療のスタートラインに立った気がしました。

しかし、焦りと不安は募るばかりでした。
まずは、基礎体温をつけて、タイミング法からスタートしました。もちろんグラフはガタガタで、いつが排卵日なのか特定するのも難しかったです。

そして病院では怒られ・・何に怒られるかというと、不妊治療についての知識がなくて先生の言われることがわからなかったり、タイミングを取れなかったりすると怒られるのです。
だから、受診する前には、まるで受験生のようにグラフを見ながら、「これを聞かれたら、こう答える」みたいな勉強をしてドキドキしながら自分の名前が呼ばれるのを何時間も待っていました。
何時間も待って、診察時間は3分程度。

今から考えると、こんな精神状態で妊娠するのは難しいと思います。
でもそのときは、
赤ちゃんを授かれるのならどんなことにでも耐えてやると必至でした。

 

3️⃣もうダメ!不妊治療をお休みします

こんな治療を続けていると、体も心もボロボロになっていきました。そして毎月生理が来てリセットする度に、大号泣。
来て欲しいと願っていた生理なのに・・そんなとき、病院の支払いのときに受付の方に「おめでとうございます」と言われている女性を目にしました。
そのときに、「いいなぁ」という感情とは別に、「何で私にはできないの⁉︎」というイヤな感情が出てきたのを感じました。
それがきっかけだったかはわかりませんが、私はその病院に通うのをやめてしまいます。
やめたというより、行けなくなったのかもしれません。
張り詰めていた糸がプツリと切れてしまいました。

photo by akio.takemoto

今回はここまでです。
次回は、不妊治療をやめてからのことについて書きます。

長い上に、重たい内容にも関わらず、最後まで読んでくださりありがとうございました。

以上、saopeco30 でした★彡   

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9年間の不妊治療の末、やっと授かったムスメとの日々を綴ります❤︎子育てがもっと楽しくキラキラしたものになりますように★そう願って記事を書いていきます Instagram →saopeco30

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